澤田沢治の雑記帳

登場人物紹介

愛知川宿11 2018年11月03日(土)

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 滋賀銀行の向かい側に「愛知川宿」の石碑が有り「るーぶる愛知川」なんてのが近くに在るとか書いて有ったのです。何の事かと思ったら、近江鉄道の愛知川駅舎の事だったのです。コミュニティーハウスにして有るらしいのです。

 少し行くと「きんかん大福」を売りにしている「御菓子司 しろ平老舗」が在ったのです。早速「鉄ちゃん」と「みっちゃん」が店に入ったのです。其の隣に「郡分延命地蔵尊」が鎮座されていたのです。いえ、御一体では無く、団体さんだったのです。

 そして我々は愛荘町中宿に入ったのです。右手に「湖魚 季節料理 近江商人亭 三角屋中宿店」なんて料亭が在ったのです。建物が国登録有形文化財なのです。今は料亭なんですけど、最初の建物は明治25年(1892)に建てられていて、当時は麻織物商田中家の別邸だったのです。

 南端にも「愛知川宿」のアーケードが有ったのですけど、北端にも同じ「中山道 愛知川宿」のアーケードが有ったのです。直ぐ側に「理容ハネタ」なんて散髪屋が在って、中宿バス停も有ったのです。

 交差点を渡ると、右側に「中宿公民館」が在って、其の反対側に「河脇神社」が鎮座して居られたのです。大国主命と少那彦名命を主祭神としていて、明治初年に現在の社名に成るのですけど、其れまでは「河脇大明神」と称していたのです。境内に、猿田彦神社と厳島神社が祀られているのです。

 そして、沓掛の交差点を過ぎ、ロンドンと言うパン屋の所で小休止したのです。どうやら我々は昼飯を通り過ぎてしまったようなのです。時刻は13:10だったのです。其処で15分程の時間を掛けて戻る事にしたのです。其処は「讃岐や」と言ううどん屋で、我々が通り過ぎた「河脇神社」の直ぐ側だったのです。

 そして、ようやく「讃岐や」に辿り着いたのは、13:26だったのです。先ずはビールなのです。お願いしたのは、880円の「味噌煮込みうどん」なのです。此れが正解だったのです。昔、商店街の事務所の向かいにうどん屋が在って、其処の味噌煮込みうどんが抜群に美味しかったのです。其処までは行かないのですけど、同じような作り方だったのです。

 中に入っていた具材は、大根、人参、コンニャク、里芋、椎茸、肉、なんですけど、此れをあらかじめ味噌で煮込んで有るのです。此れにうどんを加えて鉄なべで煮て、其処に卵を落として青ネギを盛って有るのです。日本橋5丁目の「まる榮」の「味噌煮込みうどん」も好きなのですけど、「讃岐や」の方が昔ながらの風合が有るのです。食事を終え、再び我々が歩き出したのは、14:05だったのです。合掌。22734

(「しろ平」に入ろうと急ぐ二人なのです。2018.10.28、「御菓子司 しろ平老舗」滋賀県愛知郡愛荘町愛知川1504-1)
 


愛知川宿12 2018年11月03日(土)

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屯して居られるのは「郡分延命地蔵尊」たちなのです。2018.10.28、滋賀県愛知郡愛荘町愛知川1504-1
 


愛知川宿13 2018年11月03日(土)

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「河脇神社」なのです。御由緒:愛知川筋の上は御河辺、中は河脇、下は河桁の三社のうちの古社で、河脇大明神と尊称していた。明治初年現在名に改称し同9年村社に列し同43年神饌幣帛料供進指定となる。

 本殿・境内建物:
〔本殿〕一間社流造 間口四尺 奥行四尺 覆屋あり
〔拝殿〕入母屋造 間口二間四尺 奥行二間四尺(滋賀県神社庁)2018.10.28、滋賀県愛知郡愛荘町中宿205
 


愛知川宿14 2018年11月03日(土)

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ようやく「讃岐や」に辿り着き、昼飯に有り付けた我々なのです。2018.10.28、滋賀県愛知郡愛荘町中宿192-1
 


愛知川宿15 2018年11月03日(土)

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此れが私が食べさせて頂いた「味噌煮込みうどん」なのです。2018.10.28、讃岐や
 


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