澤田沢治の雑記帳

登場人物紹介

蘇 建源さんのお別れの会1 2018年03月21日(水)

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 去る2月13日に帰らぬ人と成られた「蘇 建源さん」のお別れの会が昨日、阿倍野の「やすらぎ天空館」で催されたのです。此処は最大で1,000名を収容する事が出来る大きな会場なのです。椅子席にすれば400席ほどなのです。

 彼は昭和45年(1970)創業の共立電子産業の創業者で、現在は長男の「蘇 琢邦さん」が社長を務められているのです。そして、彼は相談役をされているのです。会社は、日本橋でんでんタウンで電子部品の販売をされているのです。彼は、此処一年ほどは病気療養中だったのです。

 其れが昨年の11月には理事会に出て来られるまでに回復したのですが、其の後また入院され薬石功なく逝かれてしまったのです。いつも、日本橋でんでんタウンに強い熱い思いを持たれていた、日本橋にとってはかけがえのない貴重で優秀な人だったのです。

 でも、私にとっては楽しい飲み友達が一人消え去ってしまった事の方が重要なのです。断腸の思いなのです。そんな訳で、「お別れの会」の委員長を仰せつかった時も二つ返事でお引き受けしたのです。

 いえ、別に大した仕事をする訳では無く、皆様が献花される直前に御礼の挨拶を喪主さんと共にするのと、献花をして頂いた方々に頭を下げるのが仕事なのです。13:00からの式典は盛大な中にも厳かに無事執り行われたのです。ご遺族の皆様に哀悼の意をお伝えすると共に、故人のご冥福を心よりお祈りするのです。南無阿弥陀仏。

 式場からの帰り、「白塗り」と二人で天王寺まで歩き、御堂筋線に乗って難波まで帰って来たのです。其処でお腹がグッと鳴いたのです。二人共昼飯を食べて無かったのです。其処で「なんばシティー南館」のレストラン街で食べる事にしたのです。

 初め、「ダイニングステージ 佐海屋」で食べようと思ったのです。「白塗り」が暖簾を潜って一歩入ったところで店内の電気が急に消えたのです。時刻は丁度15:00だったのです。そう、此処のお昼の営業時間は、11:00〜15:00だったのです。

 仕方が無いので、我々は直ぐ側の「そじ坊」で食べる事にしたのです。色々と迷ったのですけど、「白塗り」は、880円の「季節の野菜天ぷらそば」を選んだのです。私も、面倒なので同じ物にしたのです。勿論、瓶ビールもお願いしたのです。

 初めに、ビールとカリントウが運ばれて来たのです。カリントウを一口食べてみたのですけど、どうにもビールには合わないのです。ビールを頼んだお客様には、お役所じゃあ有るまいに、もう少し違う物を持って来ればええのに、なんて思ったのです。合掌。21200

(「やすらぎ天空館」の入り口には、立派な「蘇 建源様 お別れの会」と書かれたものが置かれていたのです。2018.03.20、大阪市阿倍野区阿倍野筋4-19-115)
 


蘇 建源さんのお別れの会2 2018年03月21日(水)

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立派な祭壇んと、そして遺影が二つ置かれていたのです。2018.03.20、やすらぎ天空館
 


蘇 建源さんのお別れの会3 2018年03月21日(水)

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遺影は大小の2つ有って、此れは小さい方なのです。にこやかなお顔が余計に涙を誘うのです。2018.03.20、やすらぎ天空館
 


蘇 建源さんのお別れの会4 2018年03月21日(水)

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会場には、キーボードとヴァイオリンの生演奏が流れたのです。蘇さんの経歴がナレーションされた時なんかにもバックミュージックを担当されたのです。また、献奏として「中島みゆき」の「時代」も演奏されたのです。2018.03.20、やすらぎ天空館
 


蘇 建源さんのお別れの会5 2018年03月21日(水)

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我々が食べさせて頂いた「季節の野菜天ぷらそば」なのです。時刻は午後3時を過ぎていたのです。2018.03.20、「そじ坊 なんばCITY店」大阪市中央区難波5-1-60 なんばCITY 南館 1F
 


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