澤田沢治の雑記帳

登場人物紹介

東海道・中山道を歩く11 2018年02月28日(水)

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 「小さなパン屋さん」を後にした我々は草津川に架かる矢倉橋を渡り、草津市草津にやって来たのです。昔風に言えば東海道、江戸より数えて50番目の宿場、草津宿なのです。此処で東海道と中山道が出会うのです。当然、入り口は3つ有るのです。東海道の江戸からの入り口、京からの入り口、そして中山道からの入り口なのです。

 其の京よりの入り口に、文化14年(1817)に黒門が設置されたのです。まあ、薀蓄は色々有るようなのですけど、割愛するのです。暫く行くと「立木神社」の石の鳥居が有ったのです。此の神社の東を流れる伯母川に架かる立木橋を渡ったのです。

 段々と賑やかに成って来たのです。200mほど東には草津市役所が有り、北に1kmほどの所に草津駅が有るのです。少し行くと、奈良時代 天平7年(735)に良弁(ろうべん)(687〜773)により創建された「浄土宗 布薩山 常善寺」が在ったのです。ご本尊の阿弥陀如来像と脇侍(わきじ)の3躯が重要文化財に指定されているのです。

 そして、草津宿本陣の前を通ったのです。少し行くと「草津市民センター」が有って、結構面白いモニュメントが有ったのです。更に進むと、高札場が有って、「左 中山道みのみち、右 東海道いせみち」と書かれた道標が有ったのです。

 天井川のアンダーパスを抜けると、もう直ぐ側に草津駅が有るのです。此処で「秀ちゃん」と「玲奈ちゃん」がお帰りに成られたのです。残りは15人なのです。そう、我々は中山道を歩んだのです。「渋川東地区街づくり推進協議会」が立てた「この道路は旧中山道で有り、渋川の街づくりの一環として・・」なんて薀蓄板が有ったのです。

 草津駅を過ぎた辺りに「真宗興正派 大放山 光明寺」なんてのが在ったのです。貞永元年(1232)の創建なのです。親鸞上人や蓮如上人が逗留され、説法をされたお寺なのです。更に、明応2年(1493)に営順が創建した「真宗大谷派 秀月山 行圓寺」も在ったのです。

 お寺のお話をすると切が無いのです。そうそう、「伊砂砂神社」なんて名前の神社が有ったのです。此れで「いささじんじゃ」と読むのです。応仁2年(1468)に建立された本殿は、国の重要文化財に指定されているのです。

 「此の先、自転車通り抜けできません」なんて看板の所を通り抜け、JRの高架下のトンネルを抜けると、雪国だったのです。いや、嘘なんです。葉山川に架かる葉山川橋を渡って、我々は更に進んだのです。

 ああ、もうええのです。我々ご一行様はようやく、守山駅に到着したのです。此処で、新快速に乗り、大阪駅まで帰って来たのです。難波に到着したのは午後6時だったのです。でも、「餃子の王将」は満員で、近くの「大阪王将」で打ち上げをしたのです。合掌。12125

(「黒門」の由来が掛かれた薀蓄板なのです。2018.02.25、草津市草津4丁目)
 


東海道・中山道を歩く12 2018年02月28日(水)

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「立木神社」の石鳥居なのです。2018.02.25、草津市草津4丁目1-3
 


東海道・中山道を歩く13 2018年02月28日(水)

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草津宿本陣なのです。2018.02.25、草津市草津一丁目2−8
 


東海道・中山道を歩く14 2018年02月28日(水)

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「草津市民センター」前に設置されたモニュメント。2018.02.25、草津市草津1丁目4−33
 


東海道・中山道を歩く15 2018年02月28日(水)

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草津市指定文化財「道標」なのです。「右 東海道いせみち、左 中山道美のじ」と書かれているのです。2018.02.25、草津市草津1丁目3
 


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