澤田沢治の雑記帳

登場人物紹介

東海道・中山道を歩く6 2018年02月27日(火)

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 一里山公園を出て、再び東海道に戻り、東に少し行くと「曹洞宗 普門山 月輪寺(がつりんじ)」が有ったのです。御本尊が「役行者」と言うのは珍しいのです。お寺の前に「東海道」と書かれた石碑が有ったのです。

 他に「明治天皇御東遷御駐輦之所(めいじてんのうごとうせんごちゅうれんのところ)」なんて書かれた石碑も有ったのです。明治元年(1868)9月21日、明治天皇が東京行幸の途中、此の月輪新田で休憩されたのです。ご丁寧に隣には「新田開発発祥之地」なんて石碑も有ったのです。此の辺りは未だ大津市なのです。

 少し行くと「東海道狼川」と墨書された木製の灯篭が有ったのです。ようやく草津市に入ったのです。やがて左側に大きな池が有って、こんもりと木の茂った島が有り、其処まで橋が架かっていたのです。こう言う所には必ず弁財天が祀られているのです。近付くと、案の定、そうだったのです。でも、我々は先を急ぐ身なのです。遠くから写真を撮っただけで、行き過ぎたのです。

 さて、平家物語にも出て来る地名「野路」にやって来たのです。「史跡と遺跡」なんて看板が有って「浄泉寺」「願林寺」「常徳寺」「子守り地蔵」「小野山製鐵遺跡(小野山製鉄所跡)」「萩の玉川(野路の玉川)」「萩の群生(十禅寺川)」なんて書いて有ったのですけど、薀蓄は割愛するのです。

 ああ、一つだけ「小野山製鐵遺跡」なんですけど、日本製鉄の子会社なんかでは無いのです。製鉄炉10基、大鍛冶跡1基、管理用建物1棟、工房跡11棟など、奈良時代の製鐵に係る遺構がすべてそろって発見され、昭和60年(1985)に国史跡に指定されたのです。

 前出の「真宗大谷派 白萩山 願林寺」の石碑の前を通り、「野路コミュニティーセンター」横の鳥居の向こうには、天平年間(729〜749)僧行基によって創建されたと伝えられる「新宮神社」が在るのです。現在の本殿は大永3年(1523)に建てられたのです。坊主が神社なんて建てるて、面白いのです。

 野路町とお別れして矢倉に入ったのです。「稲荷神社」「愛宕神社」と矢継ぎ早に私の好きな神社が有ったのです。少し行くと「古川酒造」と言う酒蔵が有って「まはちゃん」は此処で酒の粕を買ったのです。序に地酒も・・。まあ、どちらが序かは知らないのですけどね。

 さあ、酒蔵から直ぐの所に「小さなパン屋さん」が在るのです。日曜日しか営業して無いのですけど、しかも大方は午前中に売り切れる人気店なのです。此処の女店主さんは、「師匠」のお従妹さんなのです。前にも立ち寄らせて頂いた事が有るのです。今回も此処で少し休憩させて頂いたのです。私は、持参のハイボールを飲ませて頂いたのです。合掌。23454

(「月輪寺」に有る「東海道」「明治天皇御東遷御駐輦之所」「新田開発発祥之地」の石碑なんですけど、「東海道」の石碑は細い柱の陰に隠れて見えないのです。2018.02.25、滋賀県大津市月輪3-2-1)
 


東海道・中山道を歩く7 2018年02月27日(火)

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橋の向こうに「弁財天」が祀られているのです。2018.02.25、草津市南笠東1丁目4
 


東海道・中山道を歩く8 2018年02月27日(火)

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「野路コミュニティセンター」の横には「新宮神社」への参道が有ったのです。2017.02.25、草津市野路7丁目1−18
 


東海道・中山道を歩く9 2018年02月27日(火)

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「角ハイボール」を飲ませて頂いている私なのです。2018.02.25、草津市矢倉1丁目3
 


東海道・中山道を歩10 2018年02月27日(火)

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「小さなパン屋さん」の小さな看板なのです。2018.02.25、小さなパン屋さん
 


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